ドレクスラーらは、分子スケールの機械部品(歯車・軸受・モータ・構造材など)を作ることで、ナノスケールの工場を作ることを提案した。Carlo Montemagno は、未来のナノシステムはシリコン技術と生物学的分子機械の融合になるだろうという。リチャード・スモーリーは、こうした方向の実現性に否定的だった。2003年、アメリカ化学会の出版物 Chemical & Engineering News でスモーリーとドレクスラーの公開書簡による討論が行われた(別項参照)。
生体内には分子レベルの機械システムがあることは明らかだが、人工の分子機械はまだ研究が始まったばかりである。人工の分子機械の研究ではカリフォルニア大学バークレー校とローレンス・バークレー国立研究所の Alex Zettl の研究が知られている。彼らは外部から印加する電圧で制御できる3種類の分子デバイスの試作に成功している。
対照的にボトムアップ方式は原子や分子を組み合わせて徐々に大きな構造に組み上げようとするものである。技法としては、化学合成、自己組織化、"positional assembly" などがある。自己組織化単分子膜の評価に適したツールとして二重偏光干渉測定法がある。ボトムアップ方式のもう1つの技法として分子線エピタキシー法 (MBE) がある。ベル研究所の研究者ジョン・R・アーサー・ジュニア(英語版)、アルフレッド・チョー、Art C. Gossard が1960年代末から1970年代にかけて研究用ツールとしてMBE装置を開発・実装した。MBEは1998年のノーベル物理学賞の対象となった分数量子ホール効果の発見に役立った。MBEを使えば、原子サイズの精度で原子の層を形成でき、複雑な構造を組み立てることができる。MBEは半導体研究はもちろんのこと、新たな分野であるスピントロニクスにおいても広く使われている。また物理吸着現象は、ナノメートルサイズの物質を可逆に制御する方法として再び注目されている。
用途
Project on Emerging Nanotechnologies は2008年8月21日時点で800以上のナノテク製品が商品化されていると推定し、3週から4週に1つのペースで新製品が世に出ているとした。同プロジェクトは一般に販売されている全製品の一覧をオンラインで公開している。そのほとんどは「第一世代」の受動的ナノ素材を使うに留まっており、日焼け止め剤や化粧品や一部食品に使われている二酸化チタン、粘着シートに使われている炭素同素体、食品包装・衣類・殺菌剤・家電製品に使われている銀の微粒子、日焼け止め剤・化粧品・表面コーティング・塗料・屋外用家具の上塗りなどの酸化亜鉛、燃料触媒としての酸化セリウムなどが含まれる。
アメリカ国立科学財団はナノテクノロジー研究にも盛んに資金提供しており、研究者 David Berube のこの分野の調査にも資金を提供した。その成果をまとめた本が Nano-Hype: The Truth Behind the Nanotechnology Buzz である。それによると、「ナノテクノロジー」と称しているものの多くが実際には物質科学の焼き直しに過ぎず、それによって「ナノチューブ、ナノワイヤなどなどを製造販売するだけのナノテク業界」が生まれ、「薄利多売によってごく少数の業者しか生き残らないことになる」だろうとしている。ナノスケールの部品の操作や配置が必要な用途はまだ研究段階である。「ナノ」と名付けられたテクノロジーではあるが、そこから想起される新たな革新的分子の製造には程遠い。Berudeは、「ナノ・バブル」とでも呼ぶべき状況が形成される虞があり(あるいは既に形成されており)、「ナノテクノロジー」という用語が安易に使われすぎていると警告している。
投資状況
2001年にアメリカ合衆国のクリントン大統領がナノテクを国家的戦略研究目標としたことから、日本でも多くの予算が配分されるようになり、現在最も活発な科学技術研究分野のひとつとなっている。ニューヨーク州ではジョージ・パタキ知事の政策のもとに、これまでに3500億円強相当(1ドル117円で 換算)が投資され、近年ではナノテクノロジーの産業の振興に力を入れており、テック バレーを形成している。ニューヨーク州立大学オールバニ校を中心にCollege of Nanoscale Science and Engineering (CNSE)が設立され、数々のベンチャー企業が設立され、東京エレクトロン等、各国の企業が研究開発拠点を構える。
ナノテクノロジーの発展に従って何らかの危険が生じる可能性がある。Center for Responsible Nanotechnology は、追跡不可能な大量破壊兵器、政府によるネットワーク化されたカメラによる監視、軍拡競争を不安定にするほどの急速な兵器の開発などを示唆している(外部リンクの "Nanotechnology Basics" 参照)。自己複製するナノマシンが暴走した場合には増殖が止まらなくなる可能性が懸念され、ナノマシンは幾何級数的に個体数を増やすことによって数時間のうちに地球全体がナノマシンの塊である「グレイ・グー(Grey goo)」に変化してしまうとされている。
1つには、ナノテクノロジーによる大量生産やナノ素材の大量使用が人間の健康や環境に及ぼす影響への懸念がナノ毒性学の研究で示唆されている。Center for Responsible Nanotechnology のような団体は、そのような理由から政府によるナノテクノロジーへの特別な規制が必要だと主張している。それに対して、過剰な規制が人類に役立つ科学技術の発展を妨げるだろうと反論する向きもある。
ウッドロウ・ウィルソン・センターで Project on Emerging Nanotechnologies を指揮している David Rejeski は、ナノテクノロジーの商用化を成功させるには適正な監督とリスク研究戦略と公的契約が必要だと証言している。アメリカ合衆国では今のところバークレーが唯一ナノテクノロジーを規制している都市である。ケンブリッジでも2008年に同様の規制が検討されたが、最終的に否決された。
「ネイチャー ナノテクノロジー」誌に掲載された研究によると、ある種のカーボンナノチューブを十分な量吸引すると石綿と同様の健康被害があるという。エジンバラの Institute of Occupational Medicine に勤める Anthony Seaton はその研究に関する記事の中で「カーボンナノチューブの一部が中皮腫を起こす可能性がある。したがって、そういった新素材は非常に慎重に扱う必要がある」と述べている。政府によるナノテクノロジー規制がない現状に対して、人工ナノ粒子を食品に用いないよう要求する声もある。塗装工場の作業員が肺に重い疾患を負い、調べてみると肺からナノ粒子が検出されたという報道もある。
規制に関する議論
ナノテクノロジーの健康への影響に関する議論の中で、ナノテクノロジーをより強く規制すべきだという主張もなされている。さらに、ナノテクノロジーを規制する責任があるのは誰かという議論も重要である。一般に毒物はいくつかの観点から法的に規制されているが、それらの法律でナノテクノロジーを規制できるかというと明らかにギャップが存在する。"Nanotechnology Oversight: An Agenda for the Next Administration" の中で元EPA副長官 J. Clarence (Terry) Davies は、次の大統領任期中の明確な規制のためのロードマップを提案し、ナノテクノロジーの監視についての現在の欠点を克服するための短期および長期のステップを解説している。
ウッドロウ・ウィルスン・センターの Project on Emerging Nanotechnologies で主任科学アドバイザーを務める Andrew Maynard は、健康と安全に関する研究への予算が不十分であるため、ナノテクノロジーの健康への影響や安全性への理解が今のところ限定的になっていると指摘した。結果として一部の研究者は、たとえナノテクノロジーの発展が阻害されるとしても予防原則を厳密に適用すべきだと主張している。
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